「年をとる、それはおのれの青春を歳月の中で組織することだ」
Paul Eluard ポール・エリュアール

恋人たち

レダ

ロンド

流謫
 性の平等 |

幻

恋人

純潔

なかんずく

微笑みのない夜 |

|
愛の詩人と言われるエリュアールの晩年の詩は男女の愛を社会的な愛にまで広げた詩が多いといわれる。戦争が、詩と思想を結びつけた面もあるが、1924年のこの詩には、女性に対するユーモアが感じられる。
恋人
彼女はぼくのまぶたの上に立っている
で、彼女の髪はぼくの髪の中で、
彼女はぼくの両手の形をしていて、
彼女はぼくの目の色をして、
彼女はぼくの影の中に消えうせる
空の上の石のように。
彼女はいつも目を開いている
で、ぼくを眠らせておかない。
彼女の夢は、光の中で
太陽を蒸発させて、
ぼくを笑わせて、泣かせて笑わせて、
言うことがないのに喋らせる。
ちょっぴりしかめっ面をした
詩集 La Vie immeadiate
この詩の一行「悲しみよ、こんにちは」を、フランソワーズ・サガンが小説のタイトルに引用したことで有名になった。
悲しみよ、さようなら
悲しみよ、こんにちは
おまえは天井の線にも書き込まれている
おまえは私の愛する瞳にも書き込まれている
おまえはみじめさとは少し違う
もっとも貧しい唇でさえも、微笑みながら
おまえを表すのだから
悲しみよ、こんにちは
やさしい肉体たちの愛
体のない怪物のように
愛の力から
とつぜん愛しさがこみ上げる
失望した顔
悲しみよ、美しい顔よ
…ぼくは今の彼女とうまく行かなくなって、ふと昔の女を訪れてしまった。そうさ、「悲しみよ、さようなら」さ。女はやさしい人だから、ぼくを受け入れてくれるさ。新しい彼ができたとも聞いていないし…。でも、女はどこかうつろな瞳で目線をそらす。ベッドの上で、質素なアパルトマンの天井を眺めながら。ぼくが見つめると女もぼくの眼を見つめ返し、かすかに微笑む。ほんとにわずがに、でも、ほんとうは許していないのよと。ぼくは女の唇を見つめ、キスをし…。ぼくは、今でも君を…と虚しい言葉を言ってしまう。あの昔の歓びが虚しく訪れる。ふたたび眼を開けたぼくの目には、どこか色あせた、そして少し年をとった君が見える。どこか違う女、どこか違う部屋。ぼくは、なんかバツの悪いような気になり、そして、ほんの少し嫉妬を感じて起き上がる。黙って服を着る。女もローブを羽織る、黙ってインスタント・コーヒーをいれる。見覚えのあるカップだった。言葉が出て来ない。「元気?」「そうね」。黙ってコーヒーを飲み終わる。黙ってコートを着る。ドアを開ける。女は少ししかめっ面をしてぼくを送り出す。アパルトマンを出たときに、瀬戸物の割れる音がした。
自由(リベルテ)
小学校のノートに ぼくの机に、木々に
砂に、雪に ぼくは君の名前を書こう
読んだすべてページに 白いすべてのページに
石に、血に、紙に、灰に ぼくは君の名前を書こう
金ぴかの肖像に 戦士の武器に
王様の冠に ぼくは君の名前を書こう
ジャングルに、砂漠に 獣や鳥の巣に、エニシダに
子供時代の木霊に ぼくは君の名前を書こう
夜の素晴らしい時に 昼の白いパンに
婚約した季節に ぼくは君の名前を書こう
ぼくの青空の切れ端すべてに カビた太陽の池に
輝く月の湖に ぼくは君の名前を書こう
野に、地平線に 鳥たちの翼に
さらに影の風車に ぼくは君の名前を書こう
夜明けの息のそれぞれに 海に、船に
とてつもなく高い山に ぼくは君の名前を書こう
雲たちの泡に 嵐の汗に
降りしきる退屈な雨に ぼくは君の名前を書こう
きらめく形象に 色とりどりの鐘に
自然の真理に ぼくは君の名前を書こう
目覚めた小道に 広がった道路に
あふれる広場に ぼくは君の名前を書こう
ともる灯りに 消える灯りに
集まったぼくの家々に ぼくは君の名前を書こう
ふたつに切られた 鏡の中と、ぼくの部屋の果物に
空っぽの貝殻のぼくのベッドに ぼくは君の名前を書こう
食いしん坊で大人しいぼくの犬に その立てた耳に
そのぎこちない前足に ぼくは君の名前を書こう
ぼくの戸口の踏み台に 慣れ親しんだ物に
祝福された炎の波に ぼくは君の名前を書こう
同意した全ての肉体に 友だちの額に
差しのべられた手それぞれに ぼくは君の名前を書こう
驚きのガラスに 沈黙よりはるかに
慎み深い唇に ぼくは君の名前を書こう
破壊されたぼくの隠れ家に 崩れ落ちたぼくの灯台に
ぼくの倦怠の壁に ぼくは君の名前を書こう
希望のない不在に 裸の孤独に
死の歩みに ぼくは君の名前を書こう
よみがえった健康に 消えた危機に
記憶のない希望に ぼくは君の名前を書こう
そして、ひとつの言葉の力で
ぼくはまた人生を始める
ほくは君を知るために生まれた
君に名づけるために
自由(リベルテ)と。
|